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新潟地方裁判所 平成10年(行ウ)10号 判決

原告

佐藤直

右訴訟代理人弁護士

和田光弘

今井誠

被告

新津市公平委員会

右代表者委員長

佐藤長幸

右訴訟代理人弁護士

橘義則

主文

一  被告が原告に対し平成一〇年六月一六日付公第二三号をもってなした不服申立却下処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件転任処分の存在

原告は、昭和五三年四月以来、新津市職員として勤務している者であるところ、訴外新津市教育委員会は平成一〇年四月一日付にて原告を税務課主任から教育委員会図書館主任に異動させる転任処分(以下「本件転任処分」という。)をした。

2  本件却下処分の存在

原告は、平成一〇年四月一四日、被告に対して、地方公務員法第四九条の二第一項に基づき、本件転任処分の取消しを求めて行政不服審査法による不服申立てをしたところ、被告が、平成一〇年五月六日付公第一三号にて右不服申立書の補正を命じたので、同年五月一八日、当初の不服申立書と同じ日付にて補正後の不服申立書を提出した(以下「本件不服申立て」という。)。

これに対し、被告は、平成一〇年六月一六日付公第二三号にて、本件不服申立てについてこれを却下する旨の決定をした(以下「本件却下処分」という。)。

3  本件却下処分の違法性

(一) 本件規則違反

被告は、昭和四一年九月一二日公平委員会規則第三号として、新津市不利益処分についての不服申立てに関する規則(以下「本件規則」という。」)を定め、本件規則第六条によれば、委員会が不服申立てを却下できる場合は不服申立人において所定期間内の補正をしなかった場合に限られ、その他の場合はこれを受理し、審理することとされている。なお、本件規則第六条第一項は、「不服申立書が提出されたときは、委員会はその記載事項及び添付書類並びに処分の内容、不服申立人の資格及び不服申立ての期限について調査し、不服申立てを受理すべきかどうかを決定しなければならない。」と規定しているが、右規定は本件規則第五条の不服申立書の記載事項、第六条第二項の補正命令の各規定との関連から考えるならば、不服申立ての形式要件の審査を行うものと解釈するのが通常である。確かに、本件規則第六条第一項の文言上「処分の内容」の審査も規定されているものの、これは、任命権者の処分の内容が何ら請求者の記載自体から不利益な処分と言い得るものを何ら包含しないことが明らかであるとか、請求者が審査請求をなし得る資格を有するものでないときなどの形式審査を指すものである。原告は、本件不服申立てにおいて、単純に転任に不服を述べているのではなく、本件転任処分が職員団体の書記長としての職員に対する不当労働行為であるとして不服を申し立てているのであるから、このような場合、その不利益性の判断は審査手続を経た上で行われなければならないと解すべきである。

ところが、被告は、本件規則第六条に定められている受理手続及びその後の審理手続もせず、本件却下処分をしており、これは明らかに本件規則の定める手続に違背するものである。

(二) 地方公務員法違反

被告を構成する被告代表者委員長森幸雄(以下、「森」という。)は、本件却下処分が行われた時点において、新津市都市計画審議会委員及び新津市工場等設置奨励委員を兼職しており、これは公平委員会の委員の兼職禁止を定めた地方公務員法第九条第九項に違反する。また、被告を構成する伊藤久平委員(以下、「伊藤」という。)も、平成六年四月一日から平成九年三月三一日まで区長の職にあった者であり、平成八年四月一日の公平委員会委員就任時点において、前記兼職禁止規定に違反している。兼職禁止規定に違反した任命行為がなされた場合、当該兼職者が、どちらかの職を辞任してその瑕疵を治癒した上で、再度議会の承認を得るなどの手続が行われない限り、前職についての任命行為及び当該任命行為のいずれの任命行為も無効になると解すべきであるが、本件においては、森及び伊藤について、いずれも右手続は行われていない。

4  結論

以上のとおり、本件却下処分は、本件規則及び地方公務員法に違反する違法なものと言うべきであるから、原告は、被告が原告になした本件却下処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1及び2は認める。

2  請求原因3(本件却下処分の違法性)について

(一) 請求原因3(一)(本件規則違反)について

本件規則の定めのあること、本件不服申立ての受理をせずに却下処分をしたことは認める。これが本件規則に違反するとの主張は争う。

転任処分については、当該被処分者の身分、俸給等に移動を生ぜしめるものでなく、客観的又は実際的見地から見ても、勤務場所、勤務内容等において何らの不利益を伴うものでない場合においては、被処分者に転任処分の取り消しを求める法律上の利益はない(最高裁昭和六一年一〇月二三日判決判例時報一二一九号一二七頁)。すなわち、転任処分の不利益性は訴の利益の問題である。そして、任命権者の処分内容が不服申立書の記載から明白に不利益処分でないと認められる場合には、不服申立てを受理せずに却下することができるのである。また、このような場合、不服申立てを受理して審理をしたとしても、結局却下となることは避けられない。したがって、このようなときこそ申立人のために補正命令を出してやることが適切である。

本件においては、原告の不服申立てに対し、被告が補正を命じたが、不利益性については、①配転により図書館勤務に命ぜられたことによる不利益はどのようなものか②職員組合の書記長という立場で税務課から図書館に行くことによる不利益はどのようなものかという点について、具体的に書いてほしいと特に注意を促している。しかし、補正後の不服申立書にも右の点について不利益性を認め得る記載はなかったので、被告は、不適法な不服申立てとして本件却下処分をしたものである。

(二) 請求原因3(二)(地方公務員法違反)について

森が、本件却下処分が行われた時点において、新津市都市計画審議会委員及び新津市工場等設置奨励委員を兼職しており、これが公平委員会の委員の兼職禁止を定めた地方公務員法第九条第九項に違反すること及び被告を構成する伊藤が、平成六年四月一日から平成九年三月三一日まで区長の職にあったことは認める。

しかし、右事実は、次の理由から、本件却下処分の効力に影響を与えるものではない。

兼職禁止に該当した場合には、後の任命行為を無効とする先行優位説が有力であるところ、森の兼職の経緯は左記のとおりである。

① 公平委員会委員

平成三年七月一日    新任

平成七年七月一日    再任

平成一〇年六月三〇日  辞任

② 都市計画審議会委員

平成四年一二月一日   新任

平成六年一二月一日   再任

平成八年一一月三〇日 任期終了

平成九年六月一日    再任

平成一〇年九月三〇日  辞任

③ 工場等設置奨励委員会委員

平成六年四月一日    新任

平成八年四月一日    再任

平成一〇年四月一日   再任

平成一一年一月二九日  辞任

以上のように、森については、公平委員への就任が一番先行している。平成三年七月一日の新任を基準としても、本件不服申立却下時点から遡って直近の再任時期を比較しても同様である。したがって、先行優位説からすれば、本件却下処分時点において、森が公平委員会委員であることに瑕疵はない。

また、被告の決議は委員三名の多数決によってなされるが、本件却下処分についての決議は委員三名の全員一致であった。したがって、仮に森が欠けたとしても他の二名の賛成によって過半数となるため、決議の結論を左右するものではない。

伊藤は、本件却下処分時点においては、既に区長を辞任しているので兼職はない。

第三  証拠

本件記録中の証拠目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1及び2は当事者間に争いがない。

二  請求原因3(本件却下処分の違法性)について検討する。

1  請求原因3(一)(本件規則違反)について

(一)  請求原因3(一)のうち、本件規則の定めのあること、被告が本件不服申立ての受理をせずに本件却下処分をしたことは当事者間に争いがない。

(二)  本件規則(甲第七号証)第六条は、「不服申立書が提出されたときは、委員会はその記載事項及び添付書類並びに処分の内容、不服申立人の資格及び不服申立ての期限について調査し、不服申立てを受理すべきかどうかを決定しなければならない(第一項)。前項に規定する調査の結果、不服申立書に不備の点があると認められるときは、委員会は、相当の期間を定めて、不服申立人にその補正を命ずることができる(第二項本文)。不服申立人が前項本文の場合において所定の期間内に不備を補正しなかったときは、委員会は不服申立てを却下することができる(第三項)。」と規定しており、同条第一項は、公平委員会が不服申立ての受理及び却下のため、処分の内容につき調査する権限を有することを明らかにしている。

そこで、公平委員会の右調査の範囲について検討するに、右調査の範囲は、不服申立てにかかる処分の内容が申立書の記載自体から不利益処分に関連のある事実であるか否かの形式的審査に限定されると解するのが相当であり、したがって、不服申立てにかかる処分が地方公務員法第四九条第一項の不利益処分に該当するかについては、当該不服申立書の記載自体から不利益処分に該当しないことが明白である場合は格別、そうでない場合には、当該不服申立てを受理し審査手続を経た上で判定することを要すると解すべきである。

なぜなら、公平委員会が前記趣旨の形式的審査の範囲を越えて処分内容を調査し、不服申立を受理せずにこれを却下できるものとすれば、本来本案の審理を経て判定すべき問題を本案の審理を経ないで判定することになってしまい、地方公務員法第四九条の二が不利益処分について行政不服審査法による不服申立てができることとした趣旨を没却してしまうことになるし、また、本件規則第六条の規定も、前記趣旨の形式的審査に限定する趣旨であると解するのが合理的であると考えられるからである。

(三)  以上を前提に本件却下処分が本件規則に違反するかについて検討する。

甲第二号証、甲第四号証及び弁論の全趣旨によれば、原告が被告に対して最初に提出した不服申立書には、処分に対する不服の理由欄に、本件転任処分は組合活動を理由とした不利益な処分であるとした上で、不利益取扱いの状況、当局による不当労働行為の意思の状況、当局との交渉経過及び公平委員会の提言書の扱いの状況などについて具体的な説明がなされていること、被告の補正命令後に提出した本件不服申立書には、最初に提出した不服申立書に記載した事項に加えて、本件転任処分によってどのような不利益が生じるのかについて具体的な記載がなされ、これは平等取扱いの原則を逸脱し、支配介入行為であると主張していることが認められる。

ところで、一般的に職員の転任は任命権者の裁量に委ねられているものの、転任が平等取り扱いの原則に反するような場合や地方公務員法第五六条の不利益取扱いの禁止条項に違反する場合は不利益処分に該当する余地があると解されるところ、本件不服申立書の記載に照らし、本件転任処分が不利益処分に該当しないことが本件不服申立書の記載自体から明白であるとは到底認められない。したがって、被告としては、本件転任処分が不利益処分に該当するかについては本件申立てを受理し審査手続を経た上でこれを判定すべきものであるから、本件不服申立を受理せずにこれを却下した本件却下処分は本件規則の定める手続に反し違法であり、取消しを免れない。

2  請求原因3(二)(地方公務員法違反)について検討する。

(一)  森が、本件却下処分が行われた時点において、新津市都市計画審議会委員及び新津市工場等設置奨励委員を兼職していること及び被告を構成する伊藤が、平成六年四月一日から平成九年三月三一日まで区長の職にあったことは当事者間に争いがない。

(二)  森の右兼職は、公平委員会の委員の兼職禁止を定めた地方公務員法第九条第九項に違反するものと解される。

被告は、兼職禁止に該当した場合には、後の任命行為を無効とする先行優位説が有力であり、右説によれば森が公平委員会委員であることに瑕疵はないと主張する。しかし、兼職禁止の趣旨は委員の職務の公正を確保することにあると考えられるので、兼職禁止規定に違反することにより、公平委員会委員への任命行為が当然に無効となるかはともかくとして、兼職禁止規定に違反している公平委員会委員が同委員会の職務を遂行することは許されないと解するのが相当である。したがって、森が、本件却下処分に関与することは許されないと言うべきであり、被告の前記主張は採用できない。

また、被告は、「被告の決議は委員三名の多数決によってなされるが、本件却下処分についての決議は委員三名の全員一致であった。したがって、仮に森が欠けたとしても他の二名の賛成によって過半数となるため、決議の結論を左右するものではない。」旨主張する。しかし、公平委員会は三人の委員をもって組織するものとされ(地方公務員法第九条第一項)、また、公平委員会は委員全員が出席しなければ会議を開くことができないとされている(同法第一一条第一項)のであるから、委員の一人が本来合議に関与することが許されなかったにもかかわらず、これに関与したときには、当該合議に基づく裁決は、裁決主体の構成に瑕疵があり、取消しを免れないと解するのが相当である。

よって、森が公平委員会の構成員として関与してなされた本件却下処分は、取消しを免れない。

三  結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官仙波英躬 裁判官飯淵健司 裁判官清水研一は、転補につき、署名押印することができない。裁判長裁判官仙波英躬)

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